「スタートは今!!」
村形 洋二
「洋二、今忙しいが?」
5年前の冬、伸太郎さんの弟で昔のダンス仲間だった俊君から突然の電話で、俺と「ゆうき装業」との出会いは始まった。
元々、というか現在もだが、俺は大工をしているのだけど、埼玉に工場の鉄部塗装に出張するのに人手が足りないから手伝ってくれということだった・・・。
冬という事もあり、本業も忙しくなく、一つ返事で俺の埼玉行きは決まった。
社長である伸太郎さんとも、その時初めて出会った。
伸太郎さんも23歳という若さもあり、出張先では酒の飲めない俊君が爆睡する中、夜中まで2人で飲んでいたりもした。
仕事というと、勿論教わってしっかりやってきたのだが、埼玉の下水処理場の内部塗装・・・今考えてもいろんな意味でかなりインパクトがあった。
下水って色々流れてくるもんだなあって思った。
この時はまだゆうき装業メンバーは社長の伸太郎さん、隆典君、俊君だけだった。
あれから5年・・色んな人が手伝いに来たり、入ったり、新たな道を見つめ辞めて行ったりする中で、俺も大工をしながらたまに手伝いに来たり、長い時は数ヶ月も働かせて貰いながら少しづつ塗装という仕事を学んでいった。
今では「ゆうき装業」という会社が自分にとって大事な存在になり、大工なのに塗装が大好きになった。
でも何より5年前と今とで変わったのが、本当の意味で「職人」としての仕事に興味を持ち大工にしても塗装にしてもただ雇われているという意識から、自分の仕事なんだ!っていう考えに変われた事だ。
元々俺は「村形建築」という自分の親父の会社で、親父が社長、兄貴が設計士兼職人という環境の中に、流れで入ったようなもので、その仕事が好きかと言われれば、仕事だからやってるだけみたいな感じだった。
それが、この不景気の中でゆうき装業が新しい事等にも挑戦し、頑張って経営して仕事をしている姿を見ていて「このままじゃダメだ・・・いつまでも親父におんぶしてる訳にはいかない」という気持ちになれた。
少しづつ、本当に少しづつだが「村形建築」の人間として、親父や兄貴がやらなかったことを始めている。まだまだだが・・・
5年前、「洋二、今忙しいが?」から始まり、出会った「ゆうき装業」この会社に手伝いに来た時が、自分にとって大きなターニングポイントだなと今この作文を書きながら再確認している。
これからも大工として、塗装工として、もっともっと学び、挑戦し、将来自分の親父の会社をしっかりと継げるように「今」を頑張って行こうと思う。
そしてこの作文を書いた自分にとってまた新しいスタートになると思う。
「洋二、スタートは今だ!!」